自制心は鍛えられるのか?

 

 

■そもそも自制心はなぜ重要?

  心理学者ウォルター・ミシェルによる有名なマシュマロテストでは、被験者である子供たちにマシュマロ一個をもらってすぐに食べるのと、一五分間我慢した後に二個食べるのと、どちらかを選ばせる。その後追跡調査をしたところ、十五分間我慢した子供の方がはるかに健康的で収入も高く、法律を遵守する傾向があったという。逆に、我慢する能力の低さは、コミュニケーション能力の低さや将来の肥満リスクに関わってるとされている。またIQや社会環境、家庭環境よりも自制心の高さが大学入試試験の点数や社会的な成功に結びつきやすいことが分かっている。

それほどに自制心は重要なものなのだ。

 

f:id:fww17744:20170825183121j:plain(心理学者ウォルター・ミシェルは子供の頃の自制能力が成人以降の社会的成功に関係していると主張する)

 

■自制心の正体は、未来の自分や他者の立場になって考える力?

 チューリッヒ大学(スイス)の研究グループは以下のような実験を行った。長期間待てば多くの実験報酬をもらえるが、今すぐ受けとる場合は、少額しかもらえない。いわば大人版マシュマロテストである。ここで実験参加者を何も操作しない群と、磁気刺激によって側頭頭頂接合部(TPJ)を一時的に撹乱する群に分ける。実験参加者は受けとった報酬を見知らぬ人や自分の身近な人に分けることができ、どれぐらい分けようと思うかについて尋ねられる。

 実験の結果は以下の通り。TPJの機能を一時停止させても「今は我慢する」、あるいは「他の人と取り分を分かち合ってもいい」という気持ち自体はなくならない。しかし実際にどのくらい自制するか、どの人にどれぐらい分け与えるかはTPJに大きく左右される。つまりTPJが上手く働かなくなると長期的利益より目先の利益を優先し、他人に対して「けち」になるのだ。またこの研究グループはTPJを機能停止させると他者の視点に立って考える能力が阻害されると主張している*1

 

  TPJは他者の視点で物事を考えることに関わっていると同時に、他者の気持ちを想像する神経回路を使って未来の自分が後悔しない意思決定を行うよう支援する。つまり今この瞬間の選択について、未来の自分に問い合わせるのだ。体重計に乗ることになるだろう未来の自分に「もしもし?今このケーキを食べたら後悔しませんか?」と。他人への気遣いも未来の自分への配慮も脳にとっては同じことであり、今現在の意思決定が他人や自分にどういう影響を与えるのかを想像することが自制心に関わっているのだ。

 またTPJの活性の低さはASD(自閉症スペクトラム症候群)にも見られ、コミュニケーション能力や社会機能に直接影響している。

 

■自制心は鍛えられるか

 しかし普段から自制心やTPJを鍛える方法はあるのだろうか。実はマインドフルネスが自制心に関わっている可能性がある。

ヘルツェルらの研究チームは8週間のMBSR(マインドフルネスによるストレス低減法)によってTPJの灰白質が増加したと報告している*2

 

 また、マインドフルネスそのものが衝動抑制に有効である可能性が示されている。ある実験では、重度な喫煙者を無作為に振り分け、それぞれにAmerican Lung Associationによる標準的な禁煙プログラムとマインドフルネスを基礎にした禁煙プログラムを適用した。

結果、標準的な禁煙プログラムを適用した群では、プログラム終了から4か月後に禁煙を継続できていた人の割合が6%であったのに対し、マインドフルネスを基礎にした禁煙プログラム群では31%と大きな差が現れた*3

  その後の追試研究では、低所得層の喫煙者を対象に同様の実験を行ったところ、6ヶ月後の禁煙率には有意差は見られなかった(標準群17%、マインドフルネス群25%)ものの、マインドフルネスによる禁煙群では被験者が喫煙衝動を感じる度合いやストレスが大幅に減少していた。

 

■自制のための戦略

  ところで、Marina Milyavskaya&Michael Inzlichtによる研究は自制心を効果的に発揮するための戦略を示している。かれらの実験によると、意識的な努力によるコントロールは長期的な目標達成に関係がない、という。つまり、より良く自分をコントロールするためには、自制能力を高めるよりは、自分の周囲のすぐ手に届くところにある誘惑を取り除く必要がある、と指摘している*4

  実は、冒頭で登場したマシュマロテストの子供たちも、自制心が特に優れていた子は、マシュマロのことを考えないようにしていた。別のことに集中することでマシュマロのことを忘れ去り、結果的に我慢することに成功したのである。

 

■さっさと別の集中対象を見つけて忘れ去ろう

  さきほどマインドフルネスが自制心に関係があると言ったが、マインドフルネスの本質は他の事を忘れるほど「今この瞬間」に集中することである。先の実験で被験者たちはマインドフルネスという集中対象を見つけることで禁煙のことを考えずに済み、我慢のストレスを減らすことができていた。またマシュマロテストで優れた自制心を見せた子供たちも、マシュマロとは関係のないことを考えていた。

 ここまでの話をまとめると、自制のためには別の何かに集中することで、喫煙したい気持ちやマシュマロを食べたい衝動(を押さえ込むよりは)それすらすっかり忘れてしまうことが一つの手だといえる。そして日常生活ではタバコは買わないこと、マシュマロやケーキを家の中に持ち込まないことだ。

  結論は以下の通りだ。本来自分のやるべきことに没頭しておけば、意識的に誘惑を押さえ込むストレスから開放されるだろう。その心理的な余裕から、そもそも誘惑の元を身の回りに置かないという本当の意味での「賢い自制」を働かせることができるようになるのではないだろうか。

 

【参考】

驚くほど先延ばしをなくすためにひつような施策が書かれている。

https://mirai.doda.jp/series/point-of-view/n_51/

 

WILLPOWER 意志力の科学

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マルチタスクはNG。科学的に解明されたマルチタスクの弊害と効果的な対策」

*1:Brain stimulation reveals crucial role of overcoming self-centeredness in self-control (Science Advances誌)

*2:Mindfulness practice leads to increases in regional brain gray matter density (Psychiatry Reserch誌)

*3:Mindfulness Training for smoking cessation: results from a randomized controlled trial (Drug and alcohol dependence誌)

*4:What’s so great about self-control? Examining the importance of effortful self-control and temptation in predicting real-life depletion and goal attainment (Social Psychological and Personality Science)