道徳性も向社会性も、損得勘定に左右される(卒論後記)

私の卒論で行った実験の結果は「痛みはその人にしか分からない。自分によくないことが降りかかってくるなら話は別だけど。」というお話。一般的信頼が高いと、自分に負担がかかり、見知らぬ他者を助けるような政策についての負担感を低く評価する効果が確認できたが、そういった政策を支持するほどの効果は今回の研究では確認できなかった。

 

自発的な協力を引き出すには?という視点

 多くの研究者は、人々が助けあう理由について「道徳」が重要な役割を果たしていると仮定し、実際に検証しようとした。しかしその逆である可能性を示す実験結果は多い。「ある人(Aさんとしよう)が他人から危害を加えられても、Aさんを身内と見なしていない人たちはそのことについて怒りを感じない」。簡単に言えば「赤の他人ならAさんがどうなったって、知ったこっちゃない」。ある意味当然のことかもしれないが、正義感の強い人でも、例えば被害を受けた人が日本人でない場合には怒りを感じにくい。結局、道徳的にどうなのかよりも、自分自身との関係性によって他人に同情したり、人が傷つけられても無視したり、という対応をきめているのが人間。

 

 本論文では、失業者向けの政策が実現する場合に生じる負担が、失業者向けの政策賛意に与える影響を検討した。その結果、失業者向けの負担が自己にかかる場合に政策賛意が低いことが示された。

 本研究は、第一調査と追加調査の2つの研究から構成される。

第一調査では、政策が実現する際にかかる負担が政策賛意に影響を与える影響を明らかにした。その結果、(1)失業者向け政策への賛意は、政策実現に必要なコスト負担を、他者が負担する場合よりも、自身が負担する場合に有意に低められ、(2)政策による負担感を強く感じる人ほど政策賛意が低いことが確認された。これは政策のコスト負担の文脈において、社会的な問題の解決よりも、「自らが被る損失を回避したい」という動機づけが優先されることを示唆している。

追加調査では、人々が自発的に失業者向け政策に賛同する要因を探索するため、「自らが損失を被る場合、または損失を強く感じる場合に損失を回避したいという動機づけが高まる」という図式を応用した。具体的には、被験者にかかる増税の原因が「貧困の増加」であると告知された場合に、増税の原因である貧困を縮減したいという動機が見られるかを、場面想定法を利用して検討した。その結果、貧困拡大による負担感と政策賛意に関係は見られなかったが、増税を負担に感じる人ほど貧困をなくしたいという動機も高いことが示され、仮説は部分的に支持された。

2つの研究を通じて、「自らが被る損失を回避したい」という動機づけが「失業者向け政策への賛意」や「貧困是正動機」に関わることを示した。人々が持つ「自らが被る損失を回避したい」という動機づけは社会や政治の方向性を決定する上で非常に重要なものであり、本研究の知見は、そのような動機付けが貧困政策に関する円滑な集団意思決定に及ぼす影響を理解する一助になると考えられる。

 

個人主義と一般的信頼

鬼頭美江らの文献レビューによると、個人主義文化の人々は集団主義文化の人々よりも密接な関係(例えば、社会的支援、自己開示、親密さ、愛情)に積極的に従事している、としています。このような逆説的な結果を説明するために、鬼頭らは個人主義文化のほうが、集団主義文化よりも関係の流動性が高く、よって新しい関係を形成し続けていくために積極的に関わっていく必要があるからではないか、と指摘しています。*1

 

 ところで、稲垣の研究によると、強いコミットメント関係に入ることではなく、新しいコミットメント関係を形成しないことが、一般的信頼の低さにつながるとしています。(この説には異論あり)

*2

 

したがって、個人主義的な人々はたとえ流動的な社会関係の中でも、集団主義的な人々よりも積極的に、多くの関係性を築くことを望み、一般的信頼も高くなりやすいのではないか、と考えられるのです。

*1:Mie Kito et al., (2017) "Relational mobility and close relationships: A socioecological approach to explain cross-cultural differences" Personal Relationships, 24, (1), p.114–130

*2:稲垣 佑典 (2009)「都市部と 村落部における信頼生成過程の検討」社会心理学研究, 25(2), p.92-102

自制心は鍛えられるのか?

 

 

■そもそも自制心はなぜ重要?

  心理学者ウォルター・ミシェルによる有名なマシュマロテストでは、被験者である子供たちにマシュマロ一個をもらってすぐに食べるのと、一五分間我慢した後に二個食べるのと、どちらかを選ばせる。その後追跡調査をしたところ、十五分間我慢した子供の方がはるかに健康的で収入も高く、法律を遵守する傾向があったという。逆に、我慢する能力の低さは、コミュニケーション能力の低さや将来の肥満リスクに関わってるとされている。またIQや社会環境、家庭環境よりも自制心の高さが大学入試試験の点数や社会的な成功に結びつきやすいことが分かっている。

それほどに自制心は重要なものなのだ。

 

f:id:fww17744:20170825183121j:plain(心理学者ウォルター・ミシェルは子供の頃の自制能力が成人以降の社会的成功に関係していると主張する)

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